▼白鷹町黒瀧神社の獅子頭2018/10/04 09:03 (C) 獅子宿燻亭7
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桐のバチの納品に白鷹町菖蒲(しょうぶ)黒瀧神社に訪れた。
以前、こちらの獅子頭の塗り替えを行なっている。
神社は荒砥から朝日町へ向かい最上川堤防と交わる地点の風光明媚な道路沿いにあり、大きな銀杏の木が目印であ
る。
納品のついでに神社と現在使用の獅子頭以前の獅子頭があるというので拝見できた。
黒瀧神社は最上川の難所黒滝の交通守護のために建立されたものという。
元禄七年(1694年)米沢藩京都御用商人の西村久左衛門が3m程の落差ある黒瀧の難所を掘削し左沢までの舟路を
開いた。
境内は落下して腐りかけた銀杏の実が転がっている。
以前は多くの人が拾いに来たが最近は銀杏目当てに訪れる人も滅多に居なくなったと案内してくれた総代の船山さん
が語ってくれた。
以前銀杏の樹の枝が道路まで伸び、大風で折れて大騒ぎになったそうだ。
ちょっと下流の下山に鮎茶屋があるが黒瀧にも簗場があり、もう一箇所大瀬にもあり雨が降ると大量の鮎が捕れた
そうだ。
対岸までの橋ができる前は簗場の収入で無料の渡し舟があったそうだ。
拝殿の長井小出の船頭が奉納した扁額を見せてもらった。記名には「小出邑 船頭 高梨運蔵 」とある。
その渡し舟に関わる方の奉納なのだろう。
獅子舞の記念撮影もあり、神社前の道路ができる前の昭和29年の写真には鳥居前に八段程の石の階段が見える。
今は逆に境内は道路が堤防に合わせて高くなり、神社位置が低くなってしまった。
獅子頭は神社近くの別の総代宅に所蔵されてあった。
玄関先から出た車を停めて、急に思いついたような願いにも関わらず、快く玄関先で見せていただいた。
古そうな小振りの神楽系の黒獅子頭で、今は稽古獅子に用いているそうだ・・記名年号はない。
唇のうねり、逆だつ眉毛の彫りが面白い。金箔は後で修理された様子である。