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▼天明三年の生獅子

天明三年の生獅子/
飯豊町萩生の諏訪神社の獅子頭についての資料を拝見した。

三枚の資料は「諏訪神社概要」「生獅子(いきじし)の制作年検証」

「諏訪神社の獅子頭 形状一覧」という大変分かり易く、まとめた資料だった。





その「生獅子頭」とは、地元ではあまりに良く出来た獅子頭ということで伝説の獅子頭として

最高の賞賛なのだろう。


天明三年の製作とある。


前回のブログで手ノ子八幡と長井の平山は、共に獅子頭は安永九年(1780)の記名があり

作者は同社 高橋小兵衛の作。

諏訪神社の生獅子は天明三年は西暦1783年とすれば製作年が手ノ子と平山と同時期である。

獅子頭の作風も同作者の特徴を備えている様だ。

この江戸時代三獅子の関連性もスクープだが、盗難にあった総宮系の二頭の写真が資料にあっ

た事は重要である。



旧皇大神社の獅子頭と諏訪神社の獅子頭が盗難にあったとされるが、何時なのかは残念ながら

記載されていない。

この時期、各地で神社荒らしが多発し伊佐沢大石の洞雲寺に保管されていた獅子が盗難に遭

い、其の後富山あたりで泥棒が逮捕された。

警察から盗難品の確認依頼がきたが住職は残念ながら断って不明になっている。

大量の盗難品の中に獅子頭があったとしたら誠に残念至極である。

以前、長井警察署にその件を調査してもらったが、結局流れてしまったという知らせだった。


さて順に写真を見ると旧皇大神社は明治期の梅津弥兵衛の作は間違いない。

次は写真が不鮮明なので自信は無いが諏訪神社の方は昭和初期の竹田吉四郎の可能性がある。

ちなみに、旧皇大神社の昭和33年塗装と記名の獅子頭は、昭和前期に製作された竹田吉四郎

の作と推測している。西大塚の薬師堂には雲形眉の生獅子型の竹田吉四郎の作の獅子頭がある

からである。

次は、昭和55年の獅子頭は、飯豊町中津川小屋の渡部 亨氏の作とある。


最後に、諏訪神社の飾り獅子(寄木つくり)平成11年の作は川西町西大塚の金子豊夫の作で

ある。梨郷建具屋とあるが西大塚だ。金子豊夫氏は先日のブログで中大塚の獅子頭の話で取材

している。



この資料から地元の獅子舞を誇りに思い、愛する方が書かれたものと感じる。

私の研究と重ね合わせ、後世に伝えたいものである。


最後に、勝手ながら資料引用の了解を得ぬままの転用の失礼をご容赦を願いたい。




2017/09/28 07:43 (C) 獅子宿燻亭6
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